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作り手紹介

文化軽金属鋳造/味わい鍋

埼玉県川口市

味わい鍋

鋳物の街、埼玉県川口市。1917年の創業からアルミ鋳物を手がけてきた文化軽金属鋳造が、40年にわたってつくり続けているのが「味わい鍋」です。

産 地
埼玉県川口市
作り手
文化軽金属鋳造株式会社(1917年創業)
主な品
味わい鍋(アルミ鋳物の鍋)

鋳物の街、川口

埼玉県南東部に位置し、南は東京都と接する川口市。人口60万の大きな街です。

この川口市は古くから鋳物の街として発展してきました。

その起源は諸説あり、古くは西暦940年頃とする説もありますが、最も遅い説に拠っても戦国時代の14-5世紀には鋳物の産地であったようです。

川口を流れる荒川で鋳物の製造に適した川砂や粘土が採れたことや、荒川や日光御成道といった原料・製品運搬に適した交通インフラが整っていたため、江戸時代には産業として確立され、以降大きく発展してきました。

日本の高度成長の象徴とも言える1964年の東京オリンピックの際には聖火台が川口鋳物によって作られるなど、当時の川口鋳物の勢いを感じさせられます。

また、国の重要文化財にも指定されている学習院旧正門(現在は学習院女子大学・学習院女子中・高等科の正門)は、東京に現存する最古の鉄鋳物の門とされ、こちらも川口鋳物の作品です。

今では使われなくなった炉もたくさんあります。
今では使われなくなった炉もたくさんあります。

しかしながら、地理的に都心への良好なアクセスもあり、マンションなどの住宅が次々と建設されるようになると、鋳物メーカーも土地を売却して移転したり商社化したりする動きが進みました。

以後、川口の鋳物生産量は1973年をピークに減少の一途を辿っています。

文化軽金属鋳造の工場もマンションに囲まれています。
文化軽金属鋳造の工場もマンションに囲まれています。

文化鍋をつくった会社

味わい鍋を作る文化軽金属鋳造株式会社も川口にある鋳物会社です。

1917年の創業当時からアルミ鋳物を手掛けてきました。

「文化鍋」という名前の鍋を知っている方も多いかと思います。

1950年代にこの文化鍋を作ったのが文化軽金属鋳造です。ちなみに文化軽金属鋳造という社名も文化鍋という商品名にちなんで当初の社名から変更した経緯もあります。

キッチンツールだけではなく、例えば2021年に作り替えられた上野動物園表門の門扉も当社が製作したものです。

上野動物園に行かれる際にはぜひ見てみてください。

文化軽金属鋳造の工場

川口の工場で

現在は、文化軽金属鋳造も生産を縮小し、味わい鍋も工程によってこの川口の工場と、全国の協力工場(山形県と新潟県)に分けて製造されています。

川口の本社では鋳込みが終わった鍋を細部まで検品し、そして切削によって形を整えたり、最終フッ素塗装後の組み立て及び最終検品等を実施しています。

左が切削前、右が切削後。
左が切削前、右が切削後。
切削によって出てくる大量のアルミの削り屑は再度溶かして利用されます。
切削によって出てくる大量のアルミの削り屑は再度溶かして利用されます。

少しのミスも見逃さない

すべての味わい鍋は川口工場の現場の責任者でもある西山さんによるチェックを経ています。

工業的に作られる製品はどうしても機械がオートメーションで作っているといったイメージを持ってしまいますが、実際には西山さんのような人が長い時間をかけて培ってきた経験や職人の勘に基づいて手作業できめ細やかな調整や仕上げをしているのです。

皆様にお届けする味わい鍋もすべて西山さんの手によって綺麗に切削され、そして西山さんの目によってチェックを受けた「合格品」です。

味わい鍋の縁の部分を削る西山さん
味わい鍋の縁の部分を削る西山さん

二度の危機を越えて

味わい鍋は文化軽金属鋳造が1980年代半ばに製造し、以来40年に亘るロングセラーとなっています。 しかし実はその間に販売会社の廃業等により2度ほど生産終了の危機がありました。

2度目の生産終了の危機に際しては文化軽金属の職人が「どうしてもこの鍋を残したい」という強い思いを持っていたため、文化軽金属鋳造自身が「販売会社」になり製造・販売の両方を行うことで生産を続けてきました。

そしてこの度2023年から新たな販売会社を迎え、リニューアルして更に使い勝手がよくなった味わい鍋。

創業以来100年に亘って鍋を作り続けてきた文化軽金属鋳造の大熊社長が「100年かけてようやく理想の鍋に辿り着いた」とおっしゃっていたのがとても印象的でした。

文化軽金属鋳造の大熊幸彦社長。「100年かけてようやく理想の鍋に辿り着きました」。
文化軽金属鋳造の大熊幸彦社長。「100年かけてようやく理想の鍋に辿り着きました」。

みんな味わい鍋が好き

時代の変遷を経てライフスタイルが変わったり、流行り廃りがあったりして数多くの製品は淘汰されていきます。

だけど、そんな荒波に揉まれながらも着実に残り続ける普遍的な製品もあります。

生産終了の危機に陥っても、「この製品をなくしてはいけない」という人々の強い思い、そして実際に何十年と愛用しているユーザーの強い願いによって味わい鍋は淘汰されることなく連綿と続いてくることができたのは、まさに製品の持つ強い力の証だと思います。

そして何よりもみんなが「味わい鍋が好き」なのです。作っている人も、使っている人も、販売している人も。

味わい鍋を語る時、みんながとても楽しそうで、そしてどこか誇らしげなのです。

多分それこそがこの味わい鍋という製品の持つ最大の魅力なのかも知れません。

大熊社長(中央)、西山さん(右)、そして販売会社の藤栄のご担当安藤さん。みんなが味わい鍋を愛しているのがよくわかりました。
大熊社長(中央)、西山さん(右)、そして販売会社の藤栄のご担当安藤さん。みんなが味わい鍋を愛しているのがよくわかりました。

味わい鍋

毎日使える、川口生まれのアルミ鋳物の鍋。