隆太窯の入り口
 

唐津焼 隆太窯

 

海の幸にも山の幸にも恵まれた豊かな土地 − 唐津。その豊かな収穫に感謝するお祭り「唐津くんち」でも世界的に知られた佐賀県唐津市は、言わずと知れた唐津焼の産地です。その唐津市街地から少し離れた里山にひっそりと工房を構える「隆太窯」。この美しい工房で、料理をこよなく愛する親子3代が作りだす器の数々は、どれもが自然と料理を引き立て、そしてまた料理に引き立てられる、まさに料理のためのうつわです。

唐津市見借


唐津市街地から車で15分ほど走ったところに見借地区という里山があります。市街地から15分しか離れていないとは思えないほどに静かな人気の少ないところです。その見借地区の田畑を抜けて、すこし林が深くなり始める辺りに隆太窯はあります。ここより奥には殆ど民家もなく、道もやや険しくなってきます。一度、隆太窯から市街地に戻る際にカーナビに騙されて反対方向(山が深くなる方)へどんどん進んだことがありますが、木が道に覆い被さるようにして生い茂る雑木林を細い道がくねくねと進む山道になっていて、苦労して市街地に戻る羽目になりました。

そんな静かで虫や鳥の鳴き声が聞こえる美しい里山で、中里隆、太亀、健太の親子3代がろくろを並べて作陶しています。

隆太窯入り口のバス停「隆太窯前」

入り口にはバス停もあります(注:現在はバス停としては使われていませんが、いい目印になります)。

唐津焼の歴史


工房にお邪魔する前に、唐津焼の歴史について簡単に学んでみたいと思います。

諸説ありますが、その起源は16世紀半ばに遡り、現在の唐津市南部にあった肥前国岸岳城の城主波多氏の領地で焼かれたのが始まりと言われています。その後、16世紀末の豊臣秀吉朝鮮出兵(文禄・慶長の役)の際に朝鮮陶工を連れて帰り、技術が伝えられたことで大きく発展しました。ちなみにこの時日本に渡った朝鮮陶工たちは、唐津のみならず、有田・伊万里(有名な李参平など)や小石原・小鹿田焼にも同じく多大な影響を与え、その発展に大きく寄与した歴史があります。

その後、唐津で焼かれた焼物は、唐津港から京都・大阪などの西日本に広く出荷されるようになり、西日本では焼き物のことを「唐津物」と呼ぶまでにその名が知れ渡っていきました。当初は甕などの日用雑器の産地であった唐津ですが、この頃になるとその素朴さが「侘び」の精神と相俟って、次第に茶道具や皿、鉢、向附などが好んで作られるようになりました。特に茶道の世界では「一楽二萩三唐津」と呼ばれるほどに茶人から愛され、茶陶としての地位を確立して行ったのでした。

轆轤で成型中の作品

萩なども同様ですが、江戸時代は「御用窯」として守られてきた唐津焼は明治期に入るとその庇護を失い、大きく衰退することになります。ちなみに、江戸期に幕府に納められていた所謂「献上唐津」と呼ばれる唐津焼は、染付や象嵌の技法が使われるなど、古唐津にみられる素朴な作風とは少し違ったものでした。

明治以降、唐津焼が衰退の一途を辿る中、代々御用窯であった中里家の十二代中里太郎右衛門(=中里無庵氏(1895-1985、人間国宝))が、桃山時代の「叩き作り」などの伝統的な古唐津の手法を復活させたことで唐津焼は息を吹き返しました。現代の私たちが引き続き素敵な作品に出会うことができるのはそのお陰だったのですね。

そんな唐津焼の中興の祖とも言うべき中里無庵(十二代中里太郎右衛門)の五男として生まれたのが隆太窯を築窯した中里隆さんです。

隆太窯を開いた中里隆さん

帽子とエプロンがキュートな中里隆さん。愛車で市場に新鮮な魚を仕入れに行くのが日課という84歳。

一度は訪れたい美しい工房


私たちが2度目に隆太窯を訪れたのは、11月中旬でした。前出のバス停近くのスペースに車を停め、少し坂を登って隆太窯の入り口に着いて見上げた途端に目にも鮮やかな見事な紅葉が飛び込んできました。私たちにとって、隆太窯という美しい場所を象徴するような印象的な瞬間でした。

隆太窯入り口の美しい紅葉

圧倒的な紅葉でした。

入り口から少し坂を下ると、作品が展示・販売されている展示棟があります。和と洋がとても良いバランスで配された、趣のある建物です。入って一番奥にあるステンドグラスがとても印象的です。目の前に広がる里山の長閑な風景をゆったりと眺めながらお気に入りの作品を探す最高に贅沢で幸せな時間が味わえる空間です。器がお好きな方なら恐らく何時間でも居たくなるようなところです。川端康成ではありませんが、「美しい日本の器」というようなタイトルがぴったりくるような、控えめで、それでいて洗練された作品の数々に囲まれる幸せたるや・・・。

個人的には、ぜひ工房にお邪魔する前に一度この展示棟をご覧になることをおすすめします。その理由は後ほど触れたいと思います。

隆太窯の展示棟と柿の木

展示棟と柿の木。美味しい柿はすぐに鳥に食べられてしまうそうです。

ステンドグラスも美しい隆太窯の展示棟

素敵な作品が窓際にたくさん並んでいます。

工房へ


一通りじっくりと素敵な作品を鑑賞したらいよいよ展示棟から少し下ったところにある工房(轆轤(ろくろ)場)に向かいます。外に出ると流れる川の音と里山の風景が一層心地よく感じられます。清々しさを楽しみながら川に沿って小径を下りていきます。

隆太窯の展示棟からみた工房

展示棟から見た工房(轆轤場)

工房は天井が高く、そして窓が大きく取られていて、明るく開放的な雰囲気です。入って左手に轆轤が並んでいます。入り口から見て一番奥が中里隆さん、その隣が息子の太亀さん、そしてそのまた隣が太亀さんの息子の健太さん、と親子3代で並んで作陶されています。そして健太さんの隣にはもう一つあり、私たちがお邪魔した時にはそこで博多から見えられていたフレンチのシェフの方が作陶されていました。時折隆太窯にやってきては作陶されているのだそうです。

隆太窯の工房のライト

外部の人も一緒に轆轤を回しながら作陶するような、この開かれた雰囲気こそが隆太窯の最大の魅力の一つだと私たちは思います。

作家さんや職人さんの中には、自分の世界に入り込んで他を寄せ付けない雰囲気で制作をされるも多くいらっしゃいますし、見学を好まれない方も多くいらっしゃると思います。おそらく一般的にはそれが「職人さん」のイメージではないでしょうか。でもこの隆太窯においては、見学させていただいている私たちも「ひょっとしたら我々も隆太窯の一員なのではないか」と錯覚してしまうほどに、気付くといつの間にか、ごく自然にその会話の中に招き入れてもらっているのです。そんな懐の深さに、隆太窯が数多の人々を惹きつけて止まない理由の一端があるのだと思います。

作陶する中里太亀さん

中里太亀さん。土と向き合う真剣な目つきとふと手を止めた瞬間に見せる柔和な笑顔のギャップにやられてしまいます。

作陶する中里健太さん

中里健太さん。元々はテイラーを目指していたのだそう。言葉の端々に唐津愛を感じました。

料理男子


私たちが初めて隆太窯にお邪魔したのは、紡ぎ舎の開業に向け「いいもの」を求めて全国を行脚していた2020年9月上旬でした。その時は隆太窯に来ることが目的というよりは広く唐津の窯元を回っていました。その中で、洋々閣という大変伝統と趣ある旅館の中にある隆太窯のギャラリーに立ち寄ったのですが、お宿の方から「時間が許すなら是非隆太窯の工房に行った方が良い」と勧められ、もう夕方に近い時間でしたが急いで隆太窯に向かったのでした(勧めて下さった洋々閣の方に大変感謝しています)。

そうして初めて隆太窯にお邪魔した時に色々とお話いただいたのは太亀さんの奥様でした。もう閉店が近い4時を少し回った頃に伺いましたが快く迎えていただき、こちらのイメージに合わせて本当に丁寧に色々な作品をお出しいただきました。

隆太窯の工房の風景

「うちの男性陣はホントみんな揃ってお料理男子なんですよ」

そう仰っていたのがとても印象的でした。そして紡ぎ舎(妻)と一頻り「料理好きの男性は凝りすぎたりするから、たまに面倒くさいですよね」とかそんな話で盛り上がっていたのでした。

そんな冗談はさておき、隆太窯の作品の数々を見ながら本当にどの器を見ても料理に合いそうだな、とか、載せる料理を想像させる器だなと感じた理由がその時にとてもよく分かりました。そんな楽しい時間を過ごしているうちに、気付くといつの間にか閉店の時間になってしまっていたのでした。

隆太窯で制作中の器

その後2020年11月に再び隆太窯を訪れて作陶の様子を見学させていただいた時にも、とにかく話の内容と言えば料理のことが中心(その時は料理人の方がいらっしゃっていたということもあったとは思いますが)。しかも和食器だけに和食の話題が多いかと思いきや、例えばかなり本格的なスパイスを使ったカレーやら中東系の料理についての話だったりと実に多岐にわたっていたのが印象的でした。

ちなみに余談ですが、健太さんのInstagramストーリーズなども大半が料理に関するものです(@nakazato_kenta)。美しい器とお造りなど、いつもとても羨ましく拝見しています。親子のお話を伺っていても、健太さんが一番料理に「凝る」タイプに見えました。

とにかくそうやって料理好きの人が料理の話をしながら作っている器。料理に合わないはずがありません。そして和食だけでなく色々な料理にもすんなり馴染んでくれるのもとても納得できました。

隆太窯の工房の裏にある干物を作るための装置

工房の裏にあるこちら、何かわかりますか?干物を作るために作った装置なのだそう。食への探究心がこんなところにも。

休憩時間にコーヒーを淹れる中里健太さん

轆轤場の奥には調理スペースもあり、休憩のコーヒーもネルフィルターで落とす拘りよう(健太さん)。使い込まれた銅の薬罐もすてきですね。

再び展示棟へ


私たちも紡ぎ舎の開業に向けて本当に数多くの全国の作り手の方とお会いして来ましたが、毎回感じることは、作り手の方にお会いする前と後では作品の見え方が全然違ってくるということです。より生き生きと見えてくるというか、より親しく感じられるというか。

例えば、社内の違う部署にいる、顔は見たことあるけれど話したことは無い人が自分の部署に異動してきて、顔と名前が一致して、ひととなりが分かって、少しずつ同じチームのメンバーとして関係が深まってくると、その人の印象は最初のそれとは随分と変わってくるものです。或いはそれと同じような感覚なのかも知れません。工房にお邪魔する前は”a beautiful pottery”だったものが、工房を見学して再び展示棟に戻ってから改めて見てみると、作品の背景に表情が浮かび、会話が蘇り、轆轤を引く手付きや、里山の鳥の鳴き声やストーブの温かみや、或いはコーヒーの香りやら工房に流れるクラシック音楽の音色やら、そんな全てが内包された”the beautiful pottery”へと変化していることに気付くのです。

隆太窯の展示室に並ぶ美しい作品

隆太窯の展示室に並ぶ美しい作品

隆太窯は、私たちが訪れた数多くの工房の中でも特に作品の裏側に作り手さんの表情の浮かぶ工房の一つです。それはやはり何といっても隆太窯の皆さんの人柄に拠るところが大きいと思います。気付くといつの間にかその人柄やその会話に惹き込まれるのです。そう、この文中にも度々登場する「気付くといつの間にか」が隆太窯のテーマかも知れませんね。それほどに自然でさりげなく、でもそれでいて圧倒的な魅力で私たちを惹きつけて離しません。

だからこそ、私たちは皆様にも是非とも一度この美しい工房を訪ねてほしいと願っています。そして私たちと同じように、どうぞ心ゆくまで隆太窯のファンになってください。

隆太窯へのアクセス情報


並んで作陶する中里太亀・健太親子

隆太窯
〒847-0825 佐賀県唐津市見借4333番地1
0955-74-3503

営業時間:10時〜17時
定休日:水曜・木曜
(最新情報はホームページやInstagramなどでお確かめ下さい)

ホームページ:http://www.ryutagama.com
Instagram:@ryutagama.atsumi

唐津市街地(唐津駅周辺)から車で約15分(タクシーで1,500円程度)
(博多駅から唐津駅へは時間帯によって1時間10分〜1時間半)
福岡から車で約1時間10分

周辺情報


洋々閣

明治・大正期の面影を残す純和風旅館。館内に隆太窯のギャラリーを併設していて多くの作品を見ることができます(宿泊客以外も入館可)。隆太窯以外にも中里花子さん(中里隆さんの次女)の作品などを展示。大変趣のある旅館です。夕食の器は全て隆太窯の作品という贅沢なお宿です。

住所:佐賀県唐津市東唐津2-4-40
電話:0955-72-7181
ホームページ:http://www.yoyokaku.com

ギャラリー(クリックで拡大)