岩手県盛岡市紺屋町にある釜定の店構え
 

盛岡南部鉄器 釜定

 

盛岡の地で400年以上続く鉄器作り。その歴史に裏打ちされた伝統的手法と、近現代的なデザインを見事に融合させた盛岡南部鉄器の名店「釜定」。常にものづくりに対して謙虚で真摯な姿勢は、今日も新しい南部鉄器の在り方、そしてものづくりそのものの在り方を模索し続けています。

出会いは栓抜き


私たち紡ぎ舎と釜定の出会いは栓抜きでした。

ある民藝のお店でひっそりと置かれていた栓抜きをたまたま見つけて、そのデザインに一瞬で心奪われました。
どのデザインを選ぶか悩みに悩みましたが、その時に私たちが選んだのは栓抜き154でした。

この栓抜きのシリーズはどこか懐かしい気持ちになるデザインでありながら、一方でモダンさを兼ねそろえたこのバランスが絶妙なのです。

その時の民藝店のおばあちゃん(もう80は過ぎていると思います)は、「私はビールなんかは飲まないんだけど、ちょっと台所の壁にかかっているだけでかわいらしいでしょ?だから大好きなの」とおっしゃっていました。本当にその通りだと思います。

初めて買った釜定の栓抜き

初めて買ったのは、栓抜き154でした。

盛岡市紺屋町


釜定は、岩手県盛岡市の紺屋町にお店と工房を構える盛岡南部鉄器の老舗です。

この辺りは、歴史的には近くを流れる中津川を利用した紺屋(=染物屋)が集まっていたことから紺屋町と呼ばれるようになったそうです。岩手銀行旧本店である、岩手銀行赤レンガ館や紺屋町番屋といった歴史的建造物が集まる雰囲気のある一角です。

旧岩手銀行本店の赤レンガ館

旧岩手銀行本店。

紺屋町にある昔ながらの荒物屋さん

歴史を感じる昔ながらの荒物屋さん。

釜定の製品は全てこの紺屋町の工房で作られています(量産可能な製品の一部工程は、古くから付き合いのあるメーカーに外注するものもありますが、最終的な加工、仕上げ、検品は全てこの工房で行われます)。

進化する伝統


明治時代の1908年に、初代宮定吉がこの地に「宮鉄瓶店」として創業して以来100年、宮昌太郎、宮伸穂と三代に亘り盛岡南部鉄器の歴史と伝統を着実に引き継ぎながら、北欧調とも言えるモダンなデザインを融合させ、進化させてきました。そして三代目宮伸穂さんの子息、宮昌太朗さんも工房での製作に励んでおられます。

伝統を引き継ぐというのは、昔のままの形を保存することではなく、強力なアイデンティティを保ちながら時代に応じて進化・変化させていくことだと私たちは常々思っています。時代にそぐわなくなって使えなくなってしまったものは淘汰され途切れてしまうからです。だから時代に合わせながら(でも迎合するのではなく)、しっかりと「毎日使えるもの」を生み出し続けることこそが伝統を守っていくことだと私たちは考えます。伝統とは懐古主義ではなく、未来志向なのだと。

釜定という工房はまさにそのことを私たちにリマインドしてくれる場所だと思います。

周りをビルに囲まれながら姿を守り続ける釜定の工房

ビルに囲まれながら、姿を守り続ける工房。この場所で100年以上鉄器を生み出し続けてきました。

盛岡南部鉄器の歴史


盛岡の南部鉄器は、茶道にも明るかったと言われる歴代の南部藩主が鋳物師や釜師を召しかかえ、盛岡城下に住まわせたことが始まりと言われています。盛岡が良質な原材料に恵まれたことと、藩が積極的に保護育成に努めたことで発展してきました。

一方、18世紀半ば頃になると茶道の世界で土瓶が台頭してきたこともあり、茶釜や湯釜が少しずつ衰退し始めます。この時、土瓶に対抗すべく、湯釜に持ち手や注ぎ口を付けて小型化した新たな湯釜が考案されます。これが南部鉄瓶の始まりと言われています。時の八代目藩主、南部利雄(としかつ)がこれを大変気に入って、幕府や各藩主への進物として送ったことで各国に「南部鉄器」の名前も広まっていきました。

なお、現代では一口に「南部鉄器」と称されることが多い岩手県の鉄器ですが、盛岡と水沢の2箇所に産地があります。実はこの2箇所は成り立ちが全く異なります。ここでは水沢南部鉄器について細かく説明はしませんが、水沢の鉄器は盛岡南部藩ではなく、伊達仙台藩の流れを汲んで、主に鍋や釜といった生活に密着した鋳物を作っていた経緯があります。

念願の工房へ


釜定店舗脇の小径。この奥に工房があります。

店舗の脇から奥に入っていくと釜定の工房があります。

店舗の裏手に、ビルに囲まれながら釜定の工房はあります。

歴史を感じる引き戸を開けた途端、とにかく圧倒される雰囲気です。それほど広くはない土間の作業場です。この土間の作業場では、鉄瓶や羽釜などの鋳型作りと鋳造が主に行われます。以下、工房を巡りながら簡単に鉄瓶の製造工程についても触れておきたいと思います。

まず目につくのが、実型(さねがた)と呼ばれる鋳型の土台となるもの。これが所狭しと並べられています。この実型に砂と粘土汁を混ぜた「鋳物砂」を入れてから、鉄瓶の曲線を型どった「木型」を実型の中で回転させて鋳型を作っていきます。

鋳型を作るために使われる実型(さねがた)

うず高く積み上げられた実型。上と下(銅(胴)型と尻(底)型)に分かれています。

下の写真が鋳型の例です。鋳型にポツポツとした模様がついています。よく見かける「霰(あられ)」という模様の鉄瓶の鋳型です。この霰模様は、木型を使って鉄瓶の曲線を写しとった後、一つ一つ手作業で小さな棒を使って押されています(!)。気が遠くなるような手間と、円周と霰の大きさを勘案して美しく均等に押していく職人技です。信じがたい手間がかかっているのです。
こういった一通りの準備が終わると、鋳型を焼いて固めます。

このように鋳型を焼き固める製法は「焼き型」と呼ばれ、砂を焼き固めない「生型」と区別されます。釜定の鉄瓶は全てこの焼き型を使って作られています。一般に、生型は大量生産に向いていて、比較的安価な鉄器に用いられています。

霰(あられ)模様の鉄瓶の鋳型

霰の鋳型。信じられますか?一つ一つ手で霰模様を押していると。

この焼き型は、壊れなければ何回も繰り返して使うことができます。ちなみに、腕のいい職人さんの作った鋳型ほど使える回数が多いのだそうです。でもいずれにしても10回も20回も使えるものではありません。あれだけ繊細に霰模様を押した鋳型も、何回か使えば壊れてまた作り直さなければならないのです。そして、壊れた焼き型は崩して土間に戻されます。

歴史を感じる釜定工房の作業台

この作業台で霰模様を押したり、粘土と水を混ぜた埴汁(はじる)と呼ばれるもので鋳型や実型の補修をしたりします。

数々の道具類は、職人が自分の使いやすいように自作したもの

数々の道具類は、自分の使いやすさに合わせて各自で自作するのだそうです。

工房の一番奥には、金屋子(かなやご)神が祀られています。その昔、高天原より播磨国に天降りして、鉄作りを教えたと言われる鉄作りの神様です。このため、全国のたたら場に金屋子神信仰が見られます。ちなみに(諸説ありますが)女神様なので、女性が嫌いなのだそうです。

工房の奥に祀られている金屋子(かなやご)神

金屋子神が祀られているすぐ手前に置かれているのが「甑(こしき)」と呼ばれる溶鉱炉です。その右奥に電気を使う高周波炉もあります。溶かす鉄の量や用途によって使い分けているのだそうです。

鉄を溶かして、鋳型に流し込む(鋳込み)ことを「フキ」と言います。私たちが釜定の工房にお邪魔した日は残念ながら「フキ」の日ではなかったのですが、別のところで鉄や真鍮の鋳込みを見学させて貰ったことがありますので、また別の機会に大迫力の鋳込み工程については紹介したいと思います。

鉄を溶かすために使われる「甑(こしき)」

丸い筒状の甑(こしき)。コークスと原料の銑鉄(せんてつ)を入れて溶かします。溶けた鉄は1500℃にも達します。

釜定の工房の風景

私たちが訪れたのは12月でしたが、夏に鋳込みを行う時などは灼熱の世界に。

釜定工房内で黙々と作業を続ける職人

地道な作業が延々と続きます。

工房を案内してくださった宮昌太朗さん

工房を案内してくださった宮昌太朗さん。ものづくりへの真面目で真摯な姿勢がとても印象的でした。「朗」の字こそ違いますが、二代目の祖父「昌太郎」さんと同じ名を受け継いでいます。


なお、鋳込みの作業が終わって形が出来上がった鉄瓶は、再び900℃ほどの木炭の中で焼かれて「黒錆び」が付けられます(電気釜を使うところもあります)。「釜焼き」や「焼抜き」と呼ばれる南部鉄瓶特有のこの工程を経るからこそ、水を入れて使う鉄瓶に赤錆が出にくくなるのです。「南部鉄瓶に金気なし」と称される所以です(金気とは、水に溶け出た鉄分のにおいや味のこと)。熱されて透明感のある真っ赤な色に染まる鉄瓶はこれまたうつくしい光景です。

そして、最後に表面に漆を焼き付けることで更なる錆止めを施してようやく完成することになります。漆は大変高価ですが、これを焼き付けることで鉄の成分と漆が化学的に結合し、錆止めとして強い効果を発揮するのです。これまた先人の知恵なのですね。

かなり駆け足でしたが、それでも大変な手間が掛かっていることがお分かりいただけたのではないかと思います。熟練の職人さんでも月に30個作れるかどうかという焼き型の鉄瓶。一つ一つの工程に思いを馳せて、また大切に使いたいと思うのでした。

工房を後にして店舗に戻ると、一味も二味も違って見えてくる商品の数々。作っている職人さんの人柄に触れ、お話を伺い、実際の工程を目の当たりにすると今まで見えていた商品が全然違うものに見えてくる。何度味わっても不思議ですてきな経験です。

釜定店舗に並ぶ美しい鉄瓶の数々

店舗には、美しい鉄瓶が並びます。どれも欲しくなってしまう・・・。私のお気に入りは「秋の実(霰)」です。

おしゃれで雰囲気のある釜定店内

暖簾が印象的な、大変風情あるおしゃれな店内です。

いいものづくりとは


上質でいいものを丁寧に丁寧に作り出す釜定。しかしながら、いいものを作り出そうとすればするほど、生産数は限定され、原材料費も高くなり、当然価格が上がってくるもの。でも、価格が上がって「高価なもの」「高級品」になってしまうと、「もったいないから」などといって日常的に使われにくくなってしまうことも増えてきます。

「それがとても悩ましい」。暮らしの道具として毎日使って欲しいという想いと、いいものを作り続けるために生産量を増やせないというジレンマを抱える心境を語ってくれた宮昌太朗さん。そんな言葉の端々に滲み出てくるものづくりへの謙虚で真摯な姿勢がとても印象的でした。

道具は使ってこそ、その真価を発揮します。毎日毎日丁寧につかって、しっかりお手入れすることが一番ものを大切にするということ。そしてそれこそが作り手の人たちに対する最大のリスペクトなのだと私たちは思います。

いいものづくりは、いい作り手といい使い手が揃って初めて成り立つもの。使い手の真価も同時に問われているのですね。身構える必要はないけれど、しっかりと心に刻んでおかなければいけない大切なことだと改めて感じさせられました。

釜定へのアクセス情報


釜定店舗前にある看板

釜定
〒020-0885 岩手県盛岡市紺屋町2-5
019-622-3911

営業時間:9時〜17時半
定休日:不定休
(最新情報はInstagramなどでお確かめ下さい。@nanbu_kamasada

盛岡駅からバス+徒歩で約15分
お車の場合は、岩手銀行赤レンガ館斜向かいの三井のリパーク(岩手県盛岡市中ノ橋通1-5-12)が便利です。

ギャラリー(クリックで拡大)