作陶する小袋窯の小袋親子
 

小鹿田焼・小袋窯

 

代表的な「飛び鉋(とびかんな)」をはじめ、300年もの長きに亘り形を変えずに一子相伝で守られてきた小鹿田(おんた)焼の伝統技法。水流の力で陶土を搗(つ)く唐臼の音が24時間響き続ける日田の皿山で、9軒の窯元がその伝統を守り続けています。他の地域と隔絶されてきたが故に、長く独自の伝統を貫いてきた小鹿田焼の里は、今日でもその姿を変えることなく自然のめぐみを活かしながらひっそりと作陶が行われています。

さぁ、小鹿田へ


さらやまかわと書かれた小さな橋

 

大分県日田市の山の奥に、その名も「皿山」と呼ばれる小さな集落があります。

私たちが初めてここを訪れたのは、2020年9月。日田市内から小野川という川に沿って山へ山へと入っていきます。2017年7月の九州北部豪雨の爪痕がまだ鮮明に残るこの川沿いの道は、徐々に心細くなるほどに道幅も狭まってきます。少しずつ不安になってきた頃に、大きく小鹿田焼の壺が描かれたトンネル「皿山トンネル」が現れます。

あぁ、ここで合っていたんだ、と安堵しながらトンネルを抜けて右折すると、ひっそりと身を寄せ合うように人々が暮らす源栄町皿山の集落が見えてきます。集落に入ってすぐの小鹿田焼陶芸館の駐車場に車を停めると早速聞こえてくる「ギイィィィ、ゴットン」の音色。これがあの有名な小鹿田の音。来訪者に対して、ここが小鹿田だよと知らせるかのようなこの唐臼の音色を聞いて、こちらも「こんにちは。お邪魔します」と返したくなります。

山に囲まれて肩寄せ合うように暮らす小鹿田の人々

山間にひっそりと寄り添って暮らす小鹿田の人々。

小鹿田の歴史

小鹿田焼の歴史は16世紀に遡ります。筑前藩主黒田長政が16世紀末に豊臣秀吉とともに朝鮮へ出兵した際、朝鮮の陶工・八山を日本へ連れて帰りました。その後八山の孫、八郎が現在の福岡県朝倉郡に開窯し小石原焼が始まります。 そして、18世紀に入り日田の代官が小石原焼の陶工・柳瀬三右衛門を小鹿田に招いて陶芸の技術を伝授させ、資本金を黒木十兵衛が用意し、土地を小鹿田地域の仙頭であった坂本家が提供し、焼き物が作られるようになりました。これが小鹿田焼の誕生です。

現在においてもなお、小鹿田焼の9軒の窯元は18世紀当時の柳瀬、黒木、坂本の血縁のみで承継されています。

一子相伝

小鹿田が人を惹きつける理由の一つに、その神秘性が挙げられるのではないでしょうか。その昔は荷を車で出す道さえなかったという小鹿田は、それ故に外界との交わりが少なく、昔の伝統のままに今日まで残ってきました。柳宗悦をして「おそらくこの日田の皿山ほど、無疵で昔の面影を止めているところはないでありましょう。」と言わしめるほどに混じり気のない、変わらぬ伝統を残せた一つの大きな要因として、「一子相伝」の決まりが挙げられます。

作陶する小袋窯の小袋親子

受け継ぐのは、子供の中でも1人だけの一子相伝。

一子相伝とは、学問や技芸などの秘伝や奥義を、自分の子供の一人だけに伝えて、他には秘密にして漏らさないことです。小鹿田焼は300年もの間、親から子供一人だけに伝えられ、連綿と守られてきた伝統であり、秘密なのです。

また、小鹿田では原土の採取から全ての窯元で一緒に行うため、出来上がった作品にも窯元の名前は入りません。全て「小鹿田」という印が押されています。そのことで、作り手の違いによる価格の騰落を防ぎ、民陶として求めやすい価格が維持されています。

皿山の集落

さて、冒頭に話を戻して、小鹿田の集落です。

集落にある小さなバス停「皿山」

小さなバス停の名前も「皿山」。

私たちが初めて小鹿田焼と出会ったのは、2015年頃だったのではないかと記憶しています。うつくしい「とびかんな」模様に目を奪われたその時のことをよく覚えています。以来、いつか必ず訪れたいと思っていた場所です。
とても小さな集落で、端から端まで歩いても400mほど。ゆっくり散歩しながら窯元を巡るのにちょうどいい距離です。まずは北の端にある小鹿田焼陶芸館で歴史や技法を学んでから、のんびりと窯元巡りを始めます。

前述の小野川に注ぐ小川、「さらやまかわ(皿山川)」に沿って集落が続きます。晴れた日には窯元の前に焼成前のうつわが沢山並べられて乾燥されている光景を見ることができます。小鹿田焼の各窯元は、商品の展示・販売スペースがあるのでこちらでお気に入りを見つけながら散策していきます。

軒先で天日干しされる焼成前の器

天気の良い日は天日干しで乾かす光景が沢山みられます。

窯元めぐりを楽しむ観光客の姿

一軒一軒の窯元をのんびり巡ってお気に入りを見つけるのは小さな頃の宝探しを思い出します。

小鹿田焼は一家総出で作る焼き物。みなさん普段はろくろ場で作陶したり、土づくり(水簸(すいひ)といって陶土を水槽に入れて混ぜながら精製します)をしたり、はたまたお子さんの送り迎えに出ていたりと、販売スペースには人がいないことが多いです。大抵は販売スペースに呼び鈴が付けてあるので、お気に入りの作品が見つかったら押して来てもらいます。

集落中央部にある共同窯

集落の中央部にある「共同窯」。5軒の窯元が共同で焚いています。

日本の音風景100選にも選ばれた「唐臼」

あちこちで見かける「唐臼」。ししおどしの原理で陶土を細かく砕いていきます。日本の音風景100選にも選ばれた「ギィィィ、ゴトン」の音が24時間絶え間なく響き渡ります。

土の不純物を取り除く手間のかかる作業

槽から槽へ移し替えて土の不純物を取り除く、手間と時間のかかる作業。

窯元の直売所

所狭しと商品がならぶ窯元(写真は「小袋窯」)。

この集落では昼食の選択肢はほとんどありません。蕎麦屋さん一択です。私たちも最初に訪れた時は、「ここで大丈夫かしら」と恐る恐る暖簾をくぐりました。「山のそば茶屋」。とりあえず一番大きく書かれたメニュー、地鶏ごぼうそばを頼みました。これが、うまい。ちょっと警戒していたのが馬鹿馬鹿しくなる美味しさ。素朴で手打ち感満載の麺とついつい飲み干してしまうちょうどいいお出汁。小鹿田に訪れた際にはぜひこちらでお昼を召し上がってみてください。あと、もう一つ忘れてはいけないのがそばかりんとう。そばの香りが口いっぱいに広がる塩味のかりんとうです。お持ち帰り用として売っていますので、帰りの道中のお供におすすめです。

小鹿田唯一の食事処「山のそば茶屋」店内

山のそば茶屋店内。地鶏ごぼうそばがおすすめです。

小袋窯

山のそば茶屋さんからほど近い、集落の南端に紡ぎ舎がお取り扱いしている小袋窯があります。父の定雄さん、息子の道明さんが並んで作陶されています。
最初にお邪魔した時の印象として強く残っているのは、きれいに整理整頓されたろくろ場と、丁寧に高台が研磨された作品でした。とても丁寧な仕事をされる方だなと思いました。

素朴で、派手さはないかも知れませんが、忠実に地域の伝統に従い実直に作陶される光景は心打たれるものがありました。忙しい中でも嫌な顔ひとつせず笑顔で私たちに色々なことを教えて下さいました。

紡ぎ舎でもお取り扱いさせて頂けること、大変嬉しく思います。

小袋窯の小袋定雄さん(父)と道明さん(息子)

左が息子の道明さん、右が父の定雄さん。親子でろくろを回す方向が逆なのです。

小袋窯の登り窯

2017年2月に作り替えた小袋窯の登り窯。有田の柿右衛門窯と同じ窯師による築炉なのだそう。年に4回ほど窯焚きします。

小袋窯の唐臼

小袋窯の唐臼。かなり大きめの唐臼が4つ並んでいます。間近で見るとすごい迫力。2017年の豪雨で被害を受け作り直したそうです。

小袋窯で焼かれるのを待つ作品

焼かれるのを待つ作品たち。

小鹿田焼の特徴

機械を使いません
川の流れを動力にした唐臼で土を砕き、水簸(すいひ)を使って土を精製し、足で蹴って回す蹴ろくろ(けろくろ)で成形し、薪を使った登り窯によって焼成する。小鹿田焼は人と自然が一緒になって作られています。

道具もすべて手作りしています
作陶に必要な、成形用のヘラ・コテ・叩き板、装飾用の鉋、櫛など工程に必要な道具は作り手ごとに使いやすいように手作りされています。

絵付けはありません
小鹿田焼といえば、まず思い浮かべる飛びかんなの模様。それ以外にも伝統的な技法として刷毛目、指描き、櫛描き、釉薬の打ち掛け、流しなど、さまざまな模様がありますが、絵付けのものはありません。絵はありませんが、釉薬は白、黒、飴、黄、緑、青など多彩で、それぞれが地色になったり、打ち掛けや流しの色になったりします。この多彩な色合いが、柳宗悦をして食卓や台所に花を活けるに等しいと言わしめたのです。

窯元の名前が入りません
上述の通り、小鹿田焼は窯元全員で作品作りを行う「地域ブランド」です。従って、作品に作家個人や窯元の名前は入りません。全て「小鹿田焼」の印が押されています。ですから、小鹿田焼から個人の重要無形文化財保持者(=人間国宝)の作家は誕生しませんが、その代わりに「小鹿田焼」自体が国の重要無形文化財に指定されています。

小鹿田焼の飛びかんなの7寸皿

飛びかんな。ろくろを回転させながら、金属の刃を細かく当てて描きます。

小鹿田焼の6寸刷毛目皿

刷毛目。じわじわとこの良さに引き込まれていきます。

飛びかんなと釉薬を打ち掛けた小鹿田焼の湯呑み

飛びかんなと打ち掛け。色とりどりの釉薬を打ち掛けて模様を出します。

小鹿田焼の飴釉飛びかんなの湯呑み

飴釉と飛びかんな。地色が変わるとまた印象がぐっと変わります。この多彩さが小鹿田の魅力。

小鹿田へのアクセス情報


福岡空港から車で約1時間15分
九州横断自動車道日田ICから車で約20分

周辺情報(営業時間の詳細等は最新情報をご確認ください)


日田市立小鹿田焼陶芸館

工芸としての小鹿田焼の保存と振興を目的とし、小鹿田焼の手法や作品及び重要文化的景観「小鹿田焼の里」を広く紹介しています。

住所:大分県日田市源栄町138-1
電話:0973-29-2020
ホームページ:https://www.city.hita.oita.jp/shisetsu/bunkazai/6697.html

小袋窯

紡ぎ舎が取り扱う小鹿田焼の窯元。真面目で丁寧に作られた作品が並びます。

住所:大分県日田市源栄町皿山
電話:0973-29-2400

食事処 山のそば茶屋

集落唯一のお食事処。おすすめは地鶏ごぼうそばです。

住所:大分県日田市源栄町皿山160-1
電話:0973-29-2228

ギャラリー鹿鳴庵

小鹿田から日田に戻る途中に是非立ち寄りたい、小鹿田焼のセレクトショップ。雰囲気のある茅葺き屋根の店構えがとてもすてきです。地元出身のご主人が9軒全ての窯元から厳選した作品が並びます。上質な小鹿田焼が揃っています。

住所:大分県日田市大字小野殿町3906
電話:080-8557-9687
ホームページ:https://www.rokumeian.com/
インスタグラム:https://www.instagram.com/rokumeian/

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